一つ前⬇︎
あの日、ヤスンがいつものように職場のロッカーを開くと、一通の封筒が入っていた。
普段、手紙が届くことなんて珍しかったから、何だか少し緊張して封をあけた。
招待
// - // 能力者 ヤスン様 // - //
アストルティア6年 7月12日 23時
地図の場所でお待ちしております
戦闘種目 // しりとり
報酬 // 2G
能力者?
何のことだろう。しりとり・・・?
また誰かのいたずらかと思って、キョロキョロと周りを見渡す。でも、誰も俺のことは見ていなかった。
馬鹿馬鹿しい。
ヤスンは封筒をポケットに突っ込むと、コンビニに向かった。朝ごはんのフランクフルトを買うためだ。最近、仕事が楽しい。いつだったか、フランクフルトを食べながら職場の仲間と話をしていると、みんなが優しい気がすることに気づいた。それ以来フランクフルトが俺の朝のマストメニューだ。
「フランクフルトください」
「あーお兄さんすいません。フランクフルト今日売れ切れてて」
「あ、そうですか」
しょうがない。今日は肉まんでいこう。
ヤスンは肉まんを握りしめて職場に向かった。そして、その日は散々だった。みんな何か俺に高圧的だった。ちょっと怖いくらいだった。膨らみかけてた自信が、するするとしぼんでいくのを感じていた。
夕暮れの川沿いを歩いて帰った。
帰り道のフランクフルトを買ったけれど、その日はもう誰にも合わなかった。家に帰って、フランクフルトを食べながら、届いた招待状を改めて読む。能力者。しりとり。何のことかはわからないけれど・・・。
何となく、行ってみようかなと思った。
数日後。何年か振りの有給をとって、やすんはその洋館に向かった。
その洋館は率直に言って、不気味だった。そして館だけに限らず、そこに集まったメンバーも不気味だった。来なければよかったと思った。案内された控え室に座る。誰かに話し掛けようかと思って隣をみたけれど、両隣のオーガはどちらもいかにも怖そうだったのでやめておいた。早く帰りたかった。
2試合目が終わったようで、小さなプクリポが嬉しそうに控え室に戻ってきた。そして、すぐに次の対戦者を告げる声が上がる。
「次の戦いは・・・ヤァアアアスーーン!」
きた。
俺の番。
ヤスンは、太ももをペシンと叩くと、立ち上がった。
薄暗いステージ裏を抜けてステージに立つと、照明の光が眩しかった。大きな歓声も一瞬、聞こえなくなったような気がした。目を細め、そして開くと、そこには沢山の人がいた。好奇の視線が体に刺さり、期待と興奮のこもった歓声が耳に飛び込んできた。何か重い物で全身を推されたような気がして、ヤスンは一瞬、卒倒しそうになった。
「そして対戦相手はぁ、かぁあああああい!」
「こんにちは、小栗旬です。いぇーいいぇーーい!!」
ステージ裏から、派手な格好の男が出てくる。よりにもよって、特にやばそうなやつだ。ヤスンはフランクフルトを握りしめた。能力、何のことかと思っていたけれど。きっと俺に神様がくれた力は、このフランクフルトの力のことだ。神様、あんたが俺にくれたこの力・・・ここで使えってことなんだろ。・・。しょうがねえ、やってやるよ!
本気の俺の力、見せてやる!
1回戦第3試合
ヤスン vs かい
「先に謝ります。イベントを把握してませんでした」
「いぇっいぇーーーい!」
「さあ見苦しい戦いが予想されます」
「イコプ、能力の説明は後でどうだろうか」
「いえ、能力は発動したら説明します。じゃないと見てる方がよくわからないので」
「かなしい」
「先行はかい!どうぞ!」
「アンルシア!」
始まった。できれば能力は秘密裏に戦いたかった。なぜなら、俺の能力はしりとりには関係しないからだ。しかし、ここまで来たらやることに意味がある。ヤスンは強い心でフランクフルトにかじりついた。そしてイコプにフレンドチャットを送る。食ってる、と。
「ここでヤスンの能力発動!フランクフルスイング!」
【発動能力:フランクフルスイング】
ヤスンがフランクフルトを食べている間は自動発動。
発動中は、ヤスンにタメ口をきくことができない。
「以降ヤスンにはタメ口で話せなくなります」
「うわあしりとり関係ない」
「ヤスンさん、お疲れ様です!!」
発動した能力の内容に、ざわめく会場。
「ヤバイ死にたい」
「アヒル」
「ルビー」
「ビル」
「ルリカケス」
(ルリカケス(瑠璃橿鳥、スズメ目カラス科カケス属に分類される鳥類)
「すっごく会話したい」
「それ答え?」
「うん・・・ごめんギブアップ」
「ヤスン、ギブアップ!OVER!!」
「俺の負けだ」
ヤスンの心は完全に折れていた。フランクフルトって何だよオイオイオイ早くお家帰りたい。そう思っていた。
「ぼぉぉぉーぶぉぉーーーー」
「かい選手、能力を残して勝利しました!」
ヤスンはステージ上で狂喜し謎の笛を吹く対戦者の様子をみて、俺の来るべきところではなかったと確信した。こんなやばそうな奴らに挑んだのが間違いだったぜワッショイワッショイさあ帰ろう。
そう思った時だった。
「みなさん、やすん選手の能力はフランクフルトを食べている間タメ口が使えないというものなので、守ってあげましょう」
「わー!ヤスンさんお疲れ様でした!」
「ヤスンさんお勤めご苦労様です!!」
・・・。
ヤスンは思った。
悪くない空気じゃん。
「今食べてる」
ヤスンは食べてるアピールを続けながら、大会が終わるまでそこに残ることに決めた。
かいは、ステージ裏に戻った。上がった息を整える。よし、よくわからない相手で助かった。能力も残して勝ち乗った。
席に戻ると、胸元から敬愛するファイターの写真を取り出す。
「猪木さん・・・俺、これでまたあんたに近づけたかな」
道化を演じるのも楽じゃない。
でも、決めたんだ。迷わずいくことを。
その瞬間だった。
胸の奥に差し込むような予兆を感じた。
いけない、来る。
すぐに薬を取り出し、嚙み砕く。
意識して、できるだけゆっくりと呼吸をする。
おさまれ、おさまれ、おさまれ・・・俺は迷わず、行かなきゃいけないんだ・・・。
しばらくすると、手の汗に吹き出た汗が少しずつ引いていくのを感じた。
胸の奥に生まれ出そうだった痛みも、ぼんやりと霧散していく。
よかった、おさまったみたいだ。
かいは胸に当てた手をゆっくりと下ろした。その時だった。
「胸が、痛いの?」
隣に座っていた、ウェディが声をかけてきた。
かいはその顔を見つめる。
きれいな人だ。
体質なのか、染めているのか、髪は真っ白に透き通り、色素の薄い皮膚からは青白い静脈が透けて見えるようだった。
「む、武者震いってやつですわ、ハハ」
「・・・無理はしたらダメだよ」
「お気遣い感謝する」
そう言って女は静かにかいから視線を外す。
かいは、素の自分が出てしまっていたことに少し恥ずかしくなったが、女はステージの上のかいとのギャップを気にとめるようでもなかった。不思議な人だ、何か浮世離れしているというか・・・。
この人とは、戦いたくないな。
かいはその時、そう思ったのだった。
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