一つ前⬇︎
「ねえ、ろくどう。砂浜まで、どっちが先に行けるか勝負しよう」
「まーた勝負かよ、お前はそればっかりだな」
「いいから!いくよードン!」
「おわっ!待てー!」
夕日が沈もうとしていた。
山と海を照らす橙色の光は、薄く上気した二人の顔をいっそう赤く染める。
二人が座り込んだ砂浜には、静かな波の音だけが響いていた。
「はは、また負けちゃった」
「最近お前、勝負、勝負、ばっかりだなあ。どうしたんだよ急に」
「んー?そういう年頃なんじゃない?負けず嫌いな思春期到来っていう」
「なんだよそれ。でも、全部俺が勝ってるじゃないか」
「うんうん。それでいんだよ」
ろくどうは負けて何故か満足げにうなづく幼馴染の横顔を不思議そうに見つめる。
こいつは前から変わったところがあったけれど、最近特に変だ。妙に俺に人懐っこくなったような気もする。もしかしてこいつ俺のこと。・・・いや、そんなわけないよな。
ろくどうは胸に浮かんだもやもやした気持ちをごまかすようにして、勢いよく立ち上がった。
「さ、帰るぞ!お前も、明日は朝早くから長老に呼ばれてるだろ?」
「うん」
「しっかし長老も俺たち二人を呼び出して何を言おうってんだろうな」
不意に訪れる沈黙。
ろくどうはきょとんとして、座ったままの幼馴染みを見下ろした。
「何?お前、なんか聞いてるの?」
「んー・・・?まあ、女子は噂話に強いからね」
訝るろくどうに、彼女ははぐらかすにように、それ以上は何も話そうとしなかった。
なんとなく普段と違う彼女の様子に、何を話すでもなく二人は砂浜を歩く。
二人の沈黙の間を埋めるように、時折夏ペンギンの甲高い声が小さく響いていた。
太陽がいよいよ白い円弧を山に沈めようとする時、彼女は急に、タタッとろくどうの真正面に立った。
逆光に彼女の黒いシルエットが立ちはだかる。
「ねえ、ろくどう」
「お、おう」
「あんたのこと、好きだったよ」
彼女はそう言うと、固まるろくどうの横を駆けぬけていった。
振り返るろくどう。
彼女の後ろ姿がすっかり見えなくなるまで、足が固まったように動くことができなかった。
好きだった?
過去形?
突然の告白と、謎の過去形と、そして逆光にわずかに見えた彼女の涙。
ろくどうがその意味を知るのは、その翌日ーろくどうの15歳の誕生日のことになる。
「6戦目! 能力者は・・ろくどぉおおおう!!」
ろくどうは立ち上がる。
俺の番か。
正直、しりとりなんてどうでもいい。ただ、俺はあのダイスの日に決めたんだ。
あいつが負けてくれた分、俺は勝ち続けなきゃいけないって。
だって俺が勝ったとき、あいつは本当に嬉しそうにしていたからー。
ろくどうはステージに立つと、観客に一礼する。
「俺がペンギンだ」
「そしてペンギンの相手は・・・ほぉぉおしみぃぃ!」
控え室から、小さなプクリポが顔を出した。
ろくどうは少し安堵する。
残りの呼ばれていない参加者の中では、比較的危険が少なそうに見える相手だった。
あのアフロのオーガはいちいち控え室からよくわからないガヤをあげていて五月蝿いし、ウェディの男たちもなんだか不気味な笑いを浮かべていて近寄りがたい雰囲気だ。
その点、このプクリポは先ほどまでもう一人のプクリポと楽しそうに話をしていた。
能力者とはいえ、常識的な相手に見える。
プクリポは、ととと・・・とステージに立つと、小さな黄色い傘を開いた。
小さなプクリポの体は、傘に隠れて見えなくなった。
傘の裏から、声が聞こえる。
「ほしみのウェザーニュース」
彼女は開いた傘をくるくると回すと、さっと傘をあげた。
現れた彼女の目は青白く、光っていた。
「今日は血の雨がふるでしょう☆彡」
そう言って、ろくどうをギっと見つめた。
その瞬間、まるで突然部屋の気圧が大きく変わったかのようにろくどうは耳が痛くなるのを感じた。
・・・危険が少ないなんて、とんでもない。こりゃ強敵だ。
でも、俺だって負けるわけにはいかない。
一回戦第6試合
ろくどう vs ほしみ
「さあペンギンさんの血の雨は何色か!先攻はほしみ選手です!どうぞー!!」
「ダチョウ」
「うみ」
「ミミック」
「ククール」
「ルンバ」
「バール」
「俺はおなじみプリック・・・!ここまでは互角の戦いだな」
「俺の見立てではこの二人の能力は正統派の能力・・・この戦い・・・能力を先に発動させたがほうが有利になるぜ」
「ルネサンス」
「すすき」
「発動!ほしみの能力、「お天気お姉さん」発動です!」
能力:お天気お姉さん
相手が「お・て・ん・き」のどれかの文字を使用した際に発動。以後相手はお天気に関連した言葉しか言えなくなる。ただし、同じカテゴリーの言葉を2回続けるとこの能力は解除される。
「以後ろくどう選手はお天気に関連した言葉しか言えません!」
会場全体がざわめく。
お天気に関連した言葉、というのはかなりの狭いカテゴリーだ。
「これが・・・能力・・・」
「発動条件を見極めなければ・・・明日は我が身・・・」
ほしみは青い目をきらりと光らせると、続けた。
「きたぐに」
ろくどうは固まった。
「に」で始まるお天気関連の言葉・・・?
「に」で・・・始まる・・・・お天気関連の言葉・・・?
会場が固唾を飲んでろくどうを見つめた。
沈黙が続く。
にじみ出るような汗が額を流れ落ちる。
司会の仮面の男が、じっとろくどうの様子を見つめている。
そしてゆっくりと、カウントをとろうと手をあげる・・・・。
だめだ!
負けるわけにはいかないんだ!
勝つ、俺はあいつの分まで勝つって決めたんだ!
お天気関連の、「に」、「に」、「に」・・・!!!!
「にいがた天気ニュース」
「セーフ!!」
「通ったー!!!!」
「セーフなんだwww」
ガッツボーズをあげるろくどう。
行ける、行けるぞ!!!
しかし、くるくると楽しそうに傘をまわすほしみ。
ピタっと傘を止めると、続けた。
「スリッパ」
「パで始まるお天気関連の言葉・・・これも厳しいさすがに無理かー!!?」
うおおおお
ろくどうは必死で考える。
白チャットの吹き出しをあげて、今にも答えそうな空気を醸し出し、少しでも時間を稼ぎながら、必死で考える。
お天気関連の、「パ」、「パ」、「パ」・・・!!!!
「パラソルマーク」
「セーフ!!」
「すげええー!!!!」
沸き立つ観客席。
ろくどうは汗を振りはらう。
俺は決して諦めない。
絶対に勝つんだ!
「くまもと」
「とっとり天気ニュース」
「セーフ!!」
「通ったー!」
「うおおおろくどうー!!」
観客はぎりぎりの戦いを続けるろくどうに惜しみない歓声をあげる。
「こんなに褒められるならギブアップせず頑張れば良かった・・・」
「俺も頑張りたかった」
会場全体がろくどうを応援する空気になる中、しかしほしみはノータイムで攻撃を繰り出し続ける。
「ストール」
お天気関連の、「ル」、「ル」、「ル」!
普通に考えれば短い時間で浮かぶはずがない。拳を握りしめ必死で考えるろくどう。
しかし出ない。
「(視野を広げるんじゃ、ろくどう)」
謎の神様っぽいガヤの応援もあるが、しかし、出ない。
ついに無常にも司会のカウントが始まる。
「3・・・」
「2・・・」
「1・・・」
うおおおおおお
「ルーマニアウェザーニュース!!」
会場全体は歓声と拍手喝采に溢れる。
不利な条件に縛られながらも、全力で戦うろくどうの姿に皆心打たれていた。
その空気に押されてか、司会者も答える。
「セーフ!」
「すごい、すごいよろくどうさん!」
「だが、苦しいぞ。ギリギリの回答すぎる」
その懸念があたってか、司会は残酷な言葉を続けた。
「ただし、ニュース系は以後はアウトとします」
「ぐっ、さすがに、そりゃそうか・・・!」
「スイミング」
一瞬で返すほしみ。
いっぽうろくどうの能力が発動しないままだ。
そして、いよいよ・・・・ろくどうは固まった。
「グ」で始まるお天気関連の言葉。
「・・・」
「グ」で始まる・・・お天気関連の言葉・・・?
なんだそれ・・・そんなのあるか・・・?
奇跡を信じる観客の歓声が遠ざかっていく。
「グ」・・・「グ」・・・・
わずかに聞こえる司会のカウントの音も耳から消えていく。
「グ」・・・「グ」・・・・「グ」・・・・
「もういいんだよ」
「えっ」
聞こえた気がした。
あいつの声がー。
その瞬間。
「ゼロ!タイムアップ!ろくどうOVER!! 」
「ほしみ選手勝利です!」
歓声が戻ってくる。
負けたー。負けてしまった。
ろくどうは膝から崩れ落ちるように、倒れた。
「ほしみ、快晴となるでしょう。次はベルリンの血の雨かな?」
傘をきゅるきゅると閉じると、ほしみは器用にそれを背中にしまった。
そして、倒れたろくどうのもとに歩み寄る。
「・・・」
「大丈夫?」
「くそ、完敗だ。強かったよ、あなたの能力」
「ありがとう、でも、あなたの粘りも驚いた。なんか勝ったのに、負けた気分」
「負けた気分?どうして?」
ほしみは答えるかわりに、観客のほうを指差した。
そこには、ろくどうに向けて、惜しみない拍手を与える観客たちがいた。
「ろくどうさん!すごかったぞー!」
「・・・」
ろくどうは立ち上がった。
そういえば、あいつは俺に勝ってほしいなんて一度も言ってなかったかもしれない。
あいつが喜ぶのは、勝ち負けじゃなくて、いつだって勝負に手を抜かない俺の姿だったのかもしれないー。
ろくどうは観客にまっすぐに向きなおると、ゆっくりと大きく一礼した。
その後しばらくも、観客たちの拍手は鳴り続けていた。
薄暗い控え室で、ポキ、ポキと首を鳴らすオーガがいた。
黒いサングラスの奥の目は笑っていた。
お天気お姉さん・・・面白い能力じゃないか。
だが・・・。
「手ぬるい」
天気に縛る。「る」を跳ね返す。
大した能力だ、だがしかしそれで勝てるとも限らない。
勝つための力、それはー。
ぺけぴーの右手に持ったグラスが握り潰され、粉砕した。
テーブルに水が飛び散る。
「こういうこと・・・なんだよ」
ぺけぴーはそう言ってゆらりと立ち上がると、静かに席を離れた。
控え室のドアを開けるとその辺りにいた施設の人っぽい人に話しかける。
「すみません、グラス割っちゃって・・・ちりとりと雑巾ありませんか?あとバンソーコーもあると嬉しいんですけど・・・指切っちゃって・・・痛くて・・・」
押してケロ。
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