一つ前⬇︎
「さあいよいよベスト8が揃いました」
「ですが最強は、ただ一人だけ・・・。優勝賞金の2Gを手にするのも一人きり・・・負ければ、何も得ることはできない・・・」
「八人の戦士たちよ・・・全力を尽くすがいい、ただ勝つために・・・!」
さくら・まうは司会の口上を聞きながら、隣の赤いオーガの女を見つめた。
次の、対戦相手。
ハッチさんって言ってたな。
オーガの女はさくらの視線に気づかない様子で、口をぎゅっと結んでいる。
前の戦いのときもそうだったけれど、緊張しているようだ。
さくらは次の対戦相手がハッチになるとわかってから、相手の能力について考えていた。
ハッチさんの能力は、「ストレンジカメレオン」。
「る」で終わる言葉を私が使ったときに、順番をパスするという能力だ。
たしかに、しりとりで「る」が効かないのは強いけれど、私の能力が発動すれば、あんまり関係ない気がする。
それに、ハッチさんは私の能力を知らない。
私の能力は、ひゅげさんやぺけぴーさんみたいな、相手を一瞬で倒せるようなものじゃないけれど、発動させれば負けない自信がある。
さくらは、よし、と顔を上げると、となりのハッチの太ももをぱしぱしと叩いた。
「ひゃう!」
「ハッチさん!次の対戦、よろしくお願いします!」
「あ、ああ!はい!こちらこそよろしくね」
その様子を見て薄ら笑いを浮かべるオーガがいた。
皮肉めいた口調で呟く。
「おいおい、お遊戯じゃねんだぞ・・・。勝ち残るのはただ一人・・・そんな仲良しこよしで、本当に勝ち残るつもりがあるのかね」
「まっさきに負けた人は黙ってて」
「静かに>ヤスン」
「すみません。あっ俺フランクフルト食べてるんだぞ!おい!・・・待って暴力はよくない」
ハッチは物理攻撃によって無言でボコボコにされているオーガを見つめながら、少し心がほぐれた気がした。なんだか、対戦相手達・・・紛れもない、敵に囲まれながら・・・不思議な居心地の良さを感じた。
この感じ・・・そうだ、この人たち・・・あいつに似ているんだ・・・。
ハッチはランガーオ山脈のほとりに位置する、小さな村で育った。
小さな頃にモンスターの大群に村を襲われ、唯一生き残ったハッチは、単身グレンでの生活を始めた。
村の生活と都会の生活は違った。
環境の違い以上に、ハッチは都会の人々に馴染めなかった。
隣人とすれ違っても、あいさつすら返ってこない。
にぎやかな酒場の喧騒ですら、心を壁に囲んだ小さな部屋の中でめいめいが悲鳴をあげているだけに見えた。
そんな中、ハッチが唯一、心を開ける人がいた。
それはハッチが働く酒場の店長だった。
彼は、ハッチと同じように孤独で、それでも、自由で、強く見えた。
彼は閉店後の酒場で、彼はよく語っていた。
「ハッチ。世界はデタラメで、でもそれに合わせなきゃ上手く生きていけないんだ」
「頑張って合わせてるわよ・・・変わろうとしても、でも、変われないの」
「勘違いするな。合わせなくても、変わらなくてもいいんだ。覚悟があればいい」
彼は古ぼけたギターを手に取り、ボロンと音を鳴らした。
「生きていけばいい。終わらないプレリュードを奏でるみたいに」
そして彼はいつものように歌い出す。
聞いたことのない不思議な抑揚をつけて。
それは彼の故郷の民謡らしい。
どえりゃあ 音が 聞こえてきたけん
わしゃあ 空みて たまげたもんじゃ
あぁあぁ おふじさんボンバー あぁファイアー
わしゃ踊り出す 燃えあがれハッスル
お前さんも踊りだす たましいのソウル
あぁ カミハルムィの夏景色
(カミハルムイ民謡 どっこい富士山大爆発より)
「相変わらず変な歌」
「いいんだ、拍手は一人分で十分」
そういって二人は笑った。
そんな日々が続いて、いつしか。
彼はいなくなった。
まるで幻がパチンと音を立てて消えてしまうみたいに。
でも、彼の何にも染まらない色は、ハッチの心にずっと残っていた。
そんな彼と、ここにいる人たちは確かに似ている気がした。
「それでは2回戦、始めましょう!」
ステージからは大きな歓声が聞こえる。
ハッチはステージに顔を向けた。
私は、出来損ないのカメレオン。
周りの色には馴染めないけれど、彼みたいに、優しい歌を歌うんだ。
2回戦第1試合
ハッチ vs さくら・まう
「ハッチvsさくら・まう!」
「よろしくお願いします!」
「歴史には価値のない化石の一つになるのさ ByeBye僕はストレンジカメレオン」
「では先行はハッチ選手です!どうぞ!」
ハッチはふう、と息を吐いた。
さくらさんの能力はまだ分かっていない。一方、私の能力はもう知られている。
圧倒的不利な状況だ、だから、小細工は無用。まっすぐにいこう。
「いちご」
「!」
その言葉が発せられた直後。
会場全体に、甘い香りが充満した。
そして、さくら、そしてハッチの周りにピンク色のオーラが輝き始める。
「発動!」
「!何の能力なの!」
「さくら・まう選手の『フルーツバスケット』!以後は果物の名前しか答えられません」
能力名:フルーツバスケット
試合中果物の名前が出たら、以後は果物しか答えられない
「くっ・・・!」
「かわいい能力!」
「確かに!これは両者に作用する能力のようだが・・・さくら・まうはきっとフルーツの名前に詳しいんだろうな」
「やっぱり、似たような能力者・・・」
「でも、「ご」で始まるフルーツなんてあるかしら?さくらさん、自分の能力で首を締めなければいいけど」
ふふ。
さくらは甘い香りを大きく吸い込むと、ぱっと目を開いた。
さあ、始まるよ、私のステージが!
ハッチさん、ついてこれるかな!
「ゴールデンキウイ」
「うわー!さすがだ!」
「いちじく」
「返した!」
「くり」
「・・・・・・(り?)」
ハッチの動きが固まった。
頭が真っ白になる。
甘い匂いと、会場の熱気にのぼせているようかのように、頭が回らない。
「り」、「り」、「り」で始まる果物・・・?
「・・・ん?」
「あれ」
会場全体がハッチを見つめる。
少しキョトンとした目で見つめる。
観客みんなの頭に一つの果物がふわふわと浮かんでいた。
(え?)
さくらまうの頭にも浮かんでいた。
「・・・・・・」
「・・・(まじで?) 3・・・2・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・1」
「りゅうのす」
「?」
「?」
「?」
竜の巣
風向きが逆である為、侵入しようとしても風の壁に粉砕されてしまう。
ラピュタ人が地上に降りた際に、ラピュタに再び人が近づくことの無いように作られ、進入する事を困難にした。
「アウト!ハッチOVER!!」
「ぐはぁあああ!負けだ。完敗だ」
「ありがとう。感謝です♪」
「さくら・まうWIN!」
さくらはぺこり、と観客席に一礼すると、ハッチに走り寄った。
「リンゴ、構えてたのに!」
「りんご・・・?なに・・・それ?」
ハッチは泡を吹いて倒れた。
控え室でハッチは目を覚ました。
そこには心配そうにハッチを見つめるさくら・まうがいた。
「あ・・・」
「大丈夫?」
「・・・うん。負けちゃったな」
ハッチは体を起こす。
まだ体は汗に濡れていた。
さっきまでの興奮の余韻か、まだ心臓がドキドキとしていた。
全力を尽くした。
リンゴが出なかったけれど、私は私のまま走り抜けることが出来た気がする。
ぼーっとするハッチに、さくらは尋ねた。
「ハッチさんは、どうしてこの大会にきたの?」
「え・・・」
ハッチはさくら・まうを見つめる。
この子なら、話してもいいかもしれない。
「人を、探してたんだ」
「とても変わった人。とても変わった人だから、こんな変わった大会なら、会えるかもしれないって思ったの」
「もし会えなかったとしても、私が優勝して、有名になれば・・・それをどこかで目にとめてくれるかもなんて・・・思ったんだ」
「そうなんだ・・・」
「結局、会えなかったし、負けちゃったけどね。でもいいんだ。彼には会えなかったけれど・・・」
あなた達に出会えたから。
そう言いかけて、ハッチは口をつぐんだ。
その言葉を告げたら、また幻みたいに、パチンと消えてしまうような気がした。
でも、その時、さくら・まうはハッチの手を握った。
「じゃあ、私が優勝して!ハッチさんの人探し、手伝ってあげる!」
そういって、小さな手をぶんぶんと振る。
そして後ろから、照れ臭そうに声が聞こえた。
「俺も手伝ってやろうか?何かの縁だし」
・・・。
ハッチは手の平を見つめた。
たとえ今が幻でも、手の平はまだ暖かい。
ハッチは満面の笑みを浮かべて言った。
「ありがとう!!」
私はハッチ、まわりの色に馴染まない、出来損ないのカメレオン。
でも、このまま、生きていくんだ。
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