一つ前⬇︎
喧騒の中、かいはステージ裏で深呼吸をしていた。
さあ、俺の出番だ。
いつも舞台とは少し違うけれど、舞台に立つこと自体は同じ。
そして舞台の上で俺は嘘をつけない。
薬を嚙み砕く。前を向く。
さあ、最高の芸を見せてやる。
「次の一戦は・・・ひゅげ vs かいぃぃい!!」
その時、名前を呼ばれステージ飛び出そうとするカイの背中に、ぼすん、と何かが当たった。
「おおっと」
「あ、ごめん」
振り返ると、対戦相手のひゅげ氏だ。どうやら、よろけてかいにぶつかってしまったらしい。その息は荒く、白い頬は薄桃色に上気して見えた。
「さあ〜戦うよ」
よろよろとステージに向かうひゅげから、ふわっとアルコールの匂いがした。かいが振り返ると、ひゅげが座っていた机には何本もの瓶が転がっている。
「お、おい・・・あんた大丈夫か」
「心配ないよ〜・・・」
かいはひゅげを支えようとしたが、思いとどまる。
これから戦う相手だ。
彼女もいろいろなものを背負っているのだろうが、今の俺に人の業まで背負う余裕はない。非情なようだが、俺は、俺の道を進ませてもらうぞ。
かいは自らを鼓舞するように手を叩きながら、ステージに飛び出すのだった。
2回戦第2試合
かい vs ひゅげ
ひゅげは朦朧としていた。
ステージに出たはいいけれど、椅子はどこだろう。
世界が明るい。
お酒のおかげで痛みは抑えられたけれど、
ちょっと飲みすぎたかな。
ふわふわする。
ひゅげは、椅子の周りでふらふらと歩き回る。
「おっす。あれ?座れないんだけど」
「気合いで」
「おういぇい」
「ひゅげさん、完全に酔ってる」
ぐるぐると周りながら定位置の椅子に座るひゅげ。
さあ、ふじちゃん。やれるだけやってみるからね。
「では先行はかい!バトルスタート!」
「必殺・・・・卍固め!」
その言葉が発せられた瞬間だった。
会場の照明が落ちる。真っ暗になる。
「なんだ・・!?」
一瞬の暗闇を切り裂くように、バっという音とともに、
ステージに真っ白な光が降り注いだ。
どこからともなくボンバイエ、ボンバイエという歓声が会場に響き始める。
さあ猪木さん・・・闘魂のリングを、始めますよ!!!
かいは両手をひろげ、ファイティングポーズをとる。
カァーン!!とけたたましいゴングの音が鳴り響いた。
「発動!かい選手の『卍固め』により、以後ひゅげ選手は猪木っぽい単語しか答えられません!」
「猪木っぽい単語!!」
「どういう単語よwww」
能力名:卍固め
卍固め!と叫んだら発動。以後相手は猪木っぽい言葉しか言えない。
「さあ発動しましたかい選手の『卍固め』!出し惜しみせず使ってきましたね解説のノンブルさん」
「そうですね、かい選手は全試合でひゅげ選手の能力を見ています。おそらく彼女の能力の発動条件まではわかっていないものの、即死能力であることまでは知っていますからね・・・長期戦は不利と見たのでしょう」
「なるほど、さあこの先手必勝作戦がどう試合を動かすのか!」
「能力発動のための叫び、卍固めはしりとりには含めないことにします。改めて先行はかいです」
かいは青いマントを翻す。
全力でいかせてもらうぞ、ひゅげ殿!!!
「アンルシア!」
「さあアで始まる猪木っぽい単語だ!ひゅげ氏これを受け切れるか!」
「これは厳しいでしょう、うら若き女子が猪木を知っているかどうかも疑問です、勝負あったと言えるでしょうね」
「ああ・・・はい。そういうことね・・・」
「あやぶむなかれ!」
「グレイト!!!」
「か、返したー!そして今大会始めてのグレイトがでましたー!」
「これは素晴らしいですよ!ひゅげ選手の守備範囲の広さにはノンブルも脱帽です!」
「すげぇーー!!」
捲き起こる大歓声。
その言葉を聞いたかいには、ひゅげの姿が一人のファイターに重なって見えた。
脳内に声が響く。
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ
行けば分かるさ
猪木さん・・・・!!!!!!
「ギブアップします」
「えええええええ」
「ぎ、ギブアップ宣言だー!!」
「かいOVER !!ひゅげ、WIN!」
「おあ」
その瞬間ステージはせり下がり、実況の人とかも空へと消えていった。
もとどおりの薄暗い会場のステージで、かいはひゅげのもとに歩み寄る。
「尊敬する猪木さんに戦いは挑めません」
握手する二人。
「漢をみた」
猪木さんとは戦えない。
かいは満足げにうなづくと、ステージの裏に戻っていった。
「これはよほどひゅげ選手の対応が完璧だったというわけでしょう。かい選手の闘争心をへし折り、心服させるほどに」
「ねえノンブルまだ実況してる」
「気に入ったみたいね」
ステージの裏の控え室。
ステージの喧騒をよそに、かおりしゃんは一人、ウロウロとしていた。
「あーもう、コンセントどこー?」
スマホと充電器を両手に歩き回っていた。
スマホの充電が切れてしまっていたのだ。
「あ、私のバッテリー貸してましょうか?」
「あ、ありがとう。電池きれちゃって」
ほしみに借りたモバイルバッテリーを差し込む。
息せきLINEを開く。
未読ー・・・。
でも、あの人がこんな時間に寝ちゃうはずがない。
「ふうん・・・」
「わあなんだなんだ寒い」
控え室の温度が急速に下がっていく。
「ちょ、ちょっと?」
「ねえ、あなた・・・お付き合いしてる人、いる?」
「え?なにいきなり。いるけど」
「ふうん・・・独身の人?」
「え、あたりまえじゃない」
「あたり・・・まえ・・・?」
その瞬間。
控え室に吹雪とも言えるような冷気が吹き荒れた。
ほしみは素早く黄色い傘でそれを受け流す。
しかし近くにいたサワッチはその直撃を受けた。
「ワア ナンダカ サム」
完全に凍りついたサワッチを見つめ、ほしみは、しかしにやりと笑った。
「へえ・・・やるじゃない」
「次の戦い・・・あなたとだったよね・・・」
かおりしゃんは浮いていた。
全身から絶対零度の冷気を放ちながら、その赤い双眸が煌々と暗い光を放っている。
「面白い勝負になりそう、ね」
ほしみは目を閉じ、黄色い傘をくるくると回した。
「こんな寒くしちゃって?」
その傘を中心として、冷気の奔流が押し返されるように、暴風が控え室の中に吹き荒れる。吹き飛ぶサワッチ。目を開けたほしみの蒼い目は、強く輝いていた。
「あたたかい雨をふらせなきゃね・・・赤い、雨をね?」
控え室はなんかもうすごいことになっていた。
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