(一つ前の試合)
薄暗いアパートの一室。
ハッチは、服を着替えると机に座った。
「今日もあの人は見つからなかったか・・・」
あのしりとりの大会の日、ロッソが会場に現れたという噂を、ハッチは後になって聞いた。慌ててロッソの足取りを追ってみたけれど、すでに彼の消息は途絶えていた。大会の管理者たちに問うても、何の手がかりも得られなかった。
しかし、希望がないわけでは無かった。風の噂で、あの大会の二回目が開かれると聞いたのだ。そのために、能力者たちのスカウンティングが始まっているらしい。またあの大会に出場できれば、ロッソにも会えるかもしれない・・・。ただ、前回二回戦で敗退した自分に、果たして出場の依頼が来るだろうか。
「力が欲しい・・・」
ハッチは新たな能力を求めていた。
能力者としてのさらなる強い能力を身につければ、「彼ら」は必ずそれに気づく。そして、私のもとに現れるはずだ。そのためにも、「ストレンジカメレオン」を超える、新たな能力の習得が必要だった。
しかし、能力者としての能力を高めることは簡単なことではない。
それは訓練とか、努力といったもので磨かれるものではないのだ。それは世界によって与えられる能力ー例えば特異な経験とか環境の中で、自然と得られるものである。求めて得ることは難しい。
ハッチは大きなため息をつくと、机に突っ伏した。
その時、半眼でぼんやりと眺める視界に、一冊の緑色をした本が見えた。
「あ・・・」
それは、ヤスンにもらった本だった。
あいつは「なんか面白そうだったから、お前にやるよ」と言っていた。
本のプレゼントなんて、似合わないことするなと思ったけれど、私を励まそうとしてくれてることが、単純に嬉しかった。
その本の皮表紙は緑色に染められていた。凄く古い本だと思った。表紙の文字は古い文字で、エイボンの書、と読めた。
ハッチはその本をベッドに持ち込むと、パラパラと読み始めた。
「・・・何かの神話かな?」
その文章はとても古めかしい書かれ方をしていたけれど、なんとか読むことができた。それはアストルティアとは違う世界の、神々たちの話だった。描かれている世界はファンタジーの世界のようで、しかし不思議な現実感も持ち合わせていた。
なんとなく読むことを止められなくなって、不思議なその話を夜通し読んでいるうちに、いつしかハッチは眠りに落ちていた。
・・・
夢の中で、ハッチは長い階段を降りていた。
紫色の暗闇に浮かぶ階段を一段、一段と降りていく。
そして、階段の底に、開けた世界が見えた。
そこは紫色の空をしていた。
生暖かい湿った風が頬に当たる。
嗅いだことのない匂いを感じた。
「ここは・・・?」
街路樹の向こう側に、月とも、太陽ともわからない大きな星が沈んで行こうとしていた。
その逆光を浴びて、一つの人影のハッチに向けて伸びている。
ハッチはその影に見覚えがあった。
「ロッ・・・ソ・・・!」
「驚いたな・・・」
ハッチはロッソに駆け寄る。ロッソはハッチをジロジロと見つめる。ハッチも、驚きのあまり言葉が浮かばず、ただただロッソを見つめた。
「久しぶりだな、ハッチ」
「う、うん・・・えっと、ほんもの・・・?」
「本物、といえば本物だし、夢といえば、夢になる」
「え?」
「ここはドリームランド・・・。夢と現実とが混ざりあう、異世界さ」
「積もる話もあるが、お前がここに来たってことは、力が必要なんだな」
「どういうこと?ううん、力は要らないよ」
だって、あなたに会うことが私の目的だったんだからー。
ハッチはそう言おうとして、しかしロッソはそれを止めるように、両手を広げた。
「みなまで言うな。言っただろう、ここは半分夢の世界。本当の俺を探しているなら・・・力を手に入れろ、ハッチ。この世界で」
そう言って、ロッソは振り返った。
そこには、いつの間にか、1人のローブの男が立っていた。
「この女が、力を求めるというのか」
「ああ・・・そうだ。どうか、会わせてやってくれ」
その男は、睨めるようにジロジロと、ハッチに視線を這わせる。
ハッチはぞくりとして、背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
「いいのか、人の子が。まず生きては帰れない」
「えっ?」
「大丈夫だ、こいつは強い」
「ふん・・・」
そう言うと、男は振り返った。そして、指さす。
その方向には、大きな山が見えた。
「あれなるがカダスの山。行くぞ」
「何・・・?カダスの山?そこに、何があるっていうの」
ローブの男は答えない。それどころか、ハッチを振り返ることもせずに、歩き出した。ロッソがハッチの背中を叩く。
「名状しがたき、存在だよ。さ、行くぞ」
その険き山を登ると、そこにはオニキスで出来た城があった。
その最深部、巨大な祭壇の前で、瑠璃色の男が何か呪文をぶつぶつとつぶやいた。
「・・・顕在せよ・・・クトゥルーよ」
その瞬間、割れるような轟音とともに、まばゆい光が世界を覆った。
揺らぐ大地の中、薄目を開くハッチの視界に、信じられないような何かが見えた。
それは、生き物というにはあまりに神々しく、あまりに醜悪だった。
その怪物を前にして、ローブの男が急に饒舌になって、語り出した。
「さあー!来ました!!このように名状しがたき存在を見てしまったハッチさんは、もちろんSANチェックです!」
「え?」
「いやなんたってクトゥルフを間近で直視してしまったわけですからね!これはものすごい厳しいSANチェックですよー!?成功で1D10、失敗で1D100のSAN減少です!さあ、ハッチさんの今のSAN値はいくらですか?」
「え?なになに?サンチってなに?」
「えっ?」
「・・・ノーデンスさん。言いにくくて黙っていたんだが」
「?」
「ちょっと、違うゲームの世界の人なんだ、こいつは」
「えっ違うゲーム?クトゥルフ神話TRPGは?」
「知らないと思う」
「まじかよ!それは困るよ!ええー!?じゃあSANチェックなし?!クトゥルフ直面したのに!?ひどいなこれは!」
ローブの男はそう言って、頭を搔きむしる。しばし、うーんうーんと1人唸っているようだったが、何かに觀念したかのようにうなづくと、キッとハッチを見つめた。
「わかった!でもな!これから先はどうにもならないぞ!」
「クトゥルーは人間を目の当たりにして、その眠りを妨げたという冒涜的な行為に怒りを感じているようです!無数に生えた大きな触手をハッチに伸ばしてきます!」
そう男が言うと、まるでその言った通りのように、大きな生き物が緑色の触手をハッチに伸ばしてきた。それはまるでムチのように、大きくしなり、ハッチに襲いかかる。
「クトゥルフの触手攻撃!これは回避不能です!ダメージは、なんと・・・!10D6です!これはすごい!耐えられるわけがない!」
男はなぜだか、大喜びの様相で、突然懐からサイコロを取り出すと、コロコロと振り出した。
「4、3、6、1・・・5!全部足して・・・42!ハッチさんに42のダメージです!!これはwww完全に逝ったーwwwww」
その瞬間、触手がハッチの体にぺちぺちと当たる。
「あいた、痛、痛いって」
そして触手はぐにゅぐにゅと戻っていった。
その様子を見つめて、ローブの男はその口をポカンと全開にしている。
「・・・生きてんの?」
「・・・ノーデンス、こいつのHPな」
「650ある」
「!!!!」
「・・・おおおおおいおいおい!人間のHPマックスは18のはずだろ!いんちきやん!そんなんインチキやん!」
「さあ!ハッチ!見せてやれお前の力を!こいつを倒して、お前があらたな能力を手に入れるんだ!」
その言葉を聞いて、ハッチは、剣を握った。
買ったばかりの100レベル装備、覇王の大剣だ。
「なんだか良くわかんないけど・・・とにかく、こいつを倒せばいいってわけね!」
「・・は、ははっ!神話生物を倒す!?剣で!?そんなの無理に決まってるだろ!クトゥルーのHPがいくつあるのか、知ってるのか!?」
ローブの男の叫び声を聞きながら、ハッチはその両手に力を込める。すでに、CTチャージは満タンだった。
「ハッチ、受け取れ・・・!バイキルト!」
ロッソの呪文を受けて、全身の筋肉が硬く盛り上がるのを感じる。
ハッチは、跳躍し、巨大な怪物に向けて剣を振り下ろした。
「全身全霊切り!!!」
爆音とともに、その怪物が真っ二つに切り裂かれる。
怪物の上に、「4562」という文字が浮かび、消えていった。
「・・・・4562・・・」
怪物は長い絶叫とともに、黒い蒸気となって、消えていく。
「・・・神クトゥルーはハッチの攻撃により、4652のダメージを受け、爆発霧散しました・・・」
「なんだかわかんないけど、やったのね!」
膝をつき崩れ落ちる男の傍、ハッチはガッツポーズを見せる。
ロッソはうんうん、と深く頷いた。
「よくやったな・・・ハッチ」
「ロッソ・・・」
「これで目が覚めた時、お前には力が芽生えているはずだ・・・うまく使えよ」
その瞬間、世界が揺らぐ。
急速に視界が霞んでいった。
「ま、待って!ロッソ!私あなたと話たいことがたくさん・・・!」
「・・・続きは、アストルティアでだ。ハッチ」
世界が解け、真っ白に消えていく。
ロッソの姿も、白闇に沈んでいく・・・。
「・・・負けるなよ、ハッチ・・・」
「ロッソーーーーーッ!!」
叫びながら目を開けると、そこは、いつものアパートの一室だった。
全身に汗をかいていた。
息を整えて、立ち上がる。
夢だった、けれど、ハッチはそれが夢じゃないことを確信していた。
体から立ち上る、黒いオーラが、新たな能力の発現を証明していたからだ。
ハッチは壁にかけられた、黒い帽子をかぶる。
「ロッソ・・・待っててね」
コンコン、とアパートのドアを叩く音がした。
ハッチは、その口の端をニヤリと歪めるのだった。
1回戦第6試合 ハッチ vs にぐ
「では第6試合・・・。ついに来ました!裏ボスっぽい枠!にぐぅぅぅぅぅ!!」
「ふふふ」
「にぐさん!」
「にぐぅー!」
「にぐやっこぉぉぉぉ!」
一際大きな歓声が会場に響き渡る。
「にぐ・・・久しぶりだな、お前が戦うのを見るのは・・・」
「そして対戦相手は!前大会の生き残り!ハッチィィィィィ!」
名前を呼ばれて、ハッチは壇上に躍り出た。
その手には、一本のギターを携えていた。
前大会はいくばくかの緊張もあったけれど、今回は違う。
大勢の視線と歓声を真正面から見据えて、ハッチは叫んだ。
「みなさん、ご安心ください・・・すでに『リンゴ』はマスターした!」
「リンゴwwwwそう、そうだねハッチさん!」
「そうか、前大会、リンゴが出てこずに敗退したんだっけな」
笑いに包まれる会場。ハッチは余裕の表情でそれを見渡す。
ロッソの姿はーない。でも、勝ち進めばきっとあいつは現れるはずだ。
「さあ、それではお互いの力をみせてください!!試合開始!先行はにぐ!」
ゆらりと、にぐが口を開く。
ハッチは体中に溢れる力を、心の一点に集中させた。
あの女は、おそらく相当の使い手だ。
でも、今の私が負けるわけがない。
邪神を取り込んだ、今の私にー。
にぐを見つめるハッチの目の奥には、黒い炎が燃えていた。
「フラミンゴ」
「(・・・能力を、使わないか)」
にぐの能力は、「ネルゲル」が出ること。
発動条件自体は容易であり、特に先行であれば確実に発動させることができる。
「(まずは様子見といったところですね・・・その余裕が、仇にならなければ良いのですが)」
「ゴリラ」
「ラクダ」
「ダークキング」
「グリズリー」
一瞬の沈黙ののち、ハッチは答えた。
「・・・りす」
「・・・なんだ、今の間は」
「・・・?」
「り」単独であれば、それほど返答は難しいわけではない。
それに対して、逡巡する素振りを見せたハッチ。
「気をつけろにぐ、あいつ何か、狙ってるぞ」
しかしにぐは、ふん、と余裕の笑みを浮かべるとしりとりを返していく。
「すずめ」
「メラニズム」
「虫」
「漆黒」
「クッキー」
その言葉を聞いて、ハッチの目に宿る黒い炎が、その光を増した。
ハッチはニヤリと微笑む。
さあ、紡いだ私の、黒の言葉たちよ・・・発現しなさい!その力を!
「九官鳥」
その言葉を発した直後、ハッチの体に黒い煙が吹き出した。
それはハッチの体に纏わりつくように収斂し、鈍い光を放ちながら、形を作っていく。
煙が収ると同時に、ハッチは握りしめたギターの弦に向けて大きくストロークすると、叫んだ。
「発動!ハッチの、『ポイズンロックンロール』!!」
発動能力:ポイズンロックンロール
ハッチが3ターン以上続けて「黒色を連想する言葉」を言うと発動。能力が発動すると相手は「毒感染」状態になり、3ターン以内に解毒ワードを言わないと死ぬ。解毒ワードは、「白色を連想する言葉」。見事解毒に成功すると、ハッチは浄化されて敗北する。
「能力によって、にぐは毒に感染しました」
そのギターの音色を聞いた時、にぐは体の中に何か形容しがたい不快感を感じた。いや、それは不快感というような生易しいものではない。まるで、ひどく有害な液体が、血の中を這いずり回っているような異物感だった。
「ぐっ」
「に、にぐ!!!」
唇の端から、一筋の血を流すにぐ。
その様子を見ながら、司会者は冷徹に言葉を続ける。
「この毒には解毒となるワードがあります。そのワードを3ターン以内に答えないと、にぐは死にます」
「死、死ぬだって!?」
「ハッチさん・・・!そんな・・殺人能力なんて・・・」
会場に飛び交う、驚き、不穏、戸惑いの声。
にぐは、口元の血を拭うと、きっとハッチを見つめた。
ふん、面白いじゃない・・・。殺人能力、だなんて。
前回の大会ではおどおどしてたあの子も、修羅場をくぐってきたってことね。
でも・・・。私がこんなところで、負けるわけにはいかないの。
「うなぎ」
「・・・解毒ならず」
ざわめく会場。
ヒントは、少ない。この状況で、解毒ワードを当てるのは、至難の技かもしれない。誰もがそう感じていた。
「ギネスビール」
「・・・」
「ルバンカ」
「解毒ならず」
悲鳴のような歓声が、会場に響き渡る。
にぐの顔色は、蒼白としていた。全身から冷や汗が流れているのが、遠目にも見て取れた。
「鍵」
ハッチが返す。
そして、にぐを見つめた。
そして少し驚いた。
死の淵、ラストターン。これで解毒ができなければ、死ぬ、そういう場面で・・・。
にぐは真っ直ぐにこちらを見つめていた。
その表情には、怯えも、恐怖も、狂気も感じられなかった。
ただ、解毒ワードを真っ直ぐに探っている。
真っ直ぐに、生きる道を探しているー・・・。
ハッチは今日初めて、気圧されている自分に気づいた。
彼女は凄い。できればこんなところで戦う相手ではなくて、話をしてみたかった。
でも・・・、負けるわけにはいかない。
私は、このために、神すら殺してきたのだから。
「にぐ・・・頼む・・・・!」
「・・・」
にぐは首に下げたロケットペンダントを握りしめた。
そして、つぶやく。
「牛乳」
「!!」
黒い煙が、ハッチの体から吹き荒ぶ。そしてその煙は反転し、真っ白な輝きとなって、ハッチの体に吸い込まれていく・・・。
「解毒ワード!!!」
湧き上がる歓声。
ラスト1ターンでの解毒成功に、会場は大盛り上がりだ。
「ははっ・・・やりやがった!さすがだぜ!にぐ!」
力が反転する。
黒い闇の力が失われ、ハッチの体は浄化されていく。
その様子を見つめながら、司会者は続けた。
「・・・ハッチは闇の力を失い、戦闘がこれ以上できません」
「わたしの負けです・・」
真っ白なドレスに包まれたハッチは、天を見あげた。
あの本を手に入れた時に見た夢を思いだす。
いや、でも、あの夢から覚めたあともずっと、夢を見ていたようだった。
私は、邪神に打ち勝ったのではなく、もしかしたら取り込まれていたのかもしれない。
「ハッチOVER!!にぐ、WIN!!!」
にぐは、ふう、と小さくため息をついた。
さっきまでの体の不調は完全に消えていた。
沸き立つ会場に向けて、少しだけ微笑む。
「狙い通りよ」
割れんばかりの声援に包まれる中、にぐは壇上を降りていくのだった。
なお、この時の戦いをにぐさんが漫画化しています!
にぐさんのその時のきもちがよくわかるこちらをチェック!
先日催された #能力者しりとりバトル の漫画を書きました。ほぼノンフィクションです。 pic.twitter.com/rEr4hUfo17
— にぐ (@hakidamenig) 2018年10月8日