(一つ前の試合)
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遡ること数年前。
オルフェアの街では、四年に一度催される、芸人たちの祭典「オルフェア大芸人祭」が開かれていた。
その中でも、歴史ある漫才部門は毎年1000人を超える参加者が集い、この大会で優勝した漫才師は一生仕事に困らないと言われている。
その決勝戦を前にして、コンビ「ホユンブル」は揉めていた。
「だーかーらー!今更ネタを変えるなんて、無理に決まってるだろ!」
「でも、やっぱり、こんなネタで優勝したって意味ないよ!」
「優勝は優勝だろ!いいんだよ!」
「あんた、いつも言ってたじゃん!アストルティアの全員を笑わせてやるって!このネタは、笑わせるネタじゃない!笑われるネタだよ!」
「笑われたって、笑わせたって、笑いは笑いだろ!それに、お前だって、実家の母ちゃんに楽させてやりたいって言ってただろ!」
「ノンブル、あんたもしかして、私の家のこと気にして、そうやって・・・」
「あーもう!いいから!ほら、始まるぞ!」
楽しげな音楽とともにステージライトが明るく輝く。
ノンブルはホユの背中をバシンと叩き、彼女を半ば引きずるようにしてステージに躍り出た。
ジャカジャンジャンジャンジャンジャーン
「はい!ホユンブルですよろしくどうぞ〜」
「・・・」
「さっそくですけどねホユさん、私、腹踊りっていうのに前から興味があってね」
「・・・それはまたさっそくのお話で」
「(おい!テンポ!)でね、今日は私ちょっと練習してきたんで、ホユさんに見てもらいたいなと思うんですよ」
「・・・いやです」
「(お、おい!)いやまたあんた、それ言ったら漫才になりませんがな〜じゃあまず見ててくださいね、このように腹を出しまして・・・」
「出してはだめ!!」
「オアー!!ゴロゴロゴロ」
「ノンブルさん!それより私今度、初めて歯医者さんに行くことになったの!」
「いや、まった、ホユさん歯医者さんの話は今度聞きますから、今は私の腹を出させてください」
「歯医者さん怖いから、私歯医者さんやるんでノンブルさん患者さんやってください!!」
「怖いならあんたが患者やらなあかんがなー!って違うってこのネタ違うやつだからホユさん本番やでこれ」
「ウィーン いらっしゃいませ〜 当院セルフサービス式になっておりますのでそちらのニッパーで」
「なんでセルフで歯抜かせるねん!ちゃうちゃうそれよりも俺の腹見てすごいポヨンポヨンでしょ揺れてるでしょ」
「じゃあお客さん、こちらのお得なバリューセ、セットは、いかがでしょう、削る、詰める、抜くのお得な3点・・・セットに・・・」
「歯医者でバリューセットっておかしいやん、それに結局最後抜くなら意味ないやないかー!って、おいホユ・・・泣いてるやん・・・」
「・・・うおおーん・・・でね、歯にね・・・」
・・・
「お互い違うネタをやりたがるっていうね、新しい試みだったかとは思うんですが、決勝の舞台としてはちょっとシュールすぎたかな。あと本気で泣いちゃうのは、ちょっとね。実力のあるコンビなんで、もっとまっすぐなネタで勝負してほしかったですね・・・」
・・・
「国に帰るのか」
「うん、ごめん。1年の約束だったから」
「・・・ホユ、決勝戦さ」
「優勝は出来なかったけど、お前が止めてくれて良かったと思ってる。お前の言うとおり、俺は笑われるんじゃなくて、笑わせる芸人になりたい」
「うん」
「いつかまた出会うときにはさ、俺はきっちり人を笑わせる芸人になっておくから・・・お前も、お笑い、やめんなよ」
「うん」
「ばっかやろう、また泣いてんじゃねえよ。芸人が泣かせていいときは、笑い涙のときだけなんだから」
「うん、うん」
・・・
ノンブルはそんなことを思い出しながら、控え室の隅っこに座るホユを見つめていた。
風の噂に、あいつの村が戦争に巻き込まれたって聞いていた。
だから、ここであいつの姿を見かけた時は、心臓が飛び上がるくらいに嬉しかった。
でも、だからこそ、どうして・・・。
「なんで、あっちの軍勢に入ってんだよ・・・」
「ん?ノンブル何か言った?」
「ん?いや、なんでもない」
あいつも気付いてるんだろう。俺たちが敵同士になっちまったことに。
だから、お互い話すことも出来ないけれど。
でもなホユ、俺きっちりと芸人やってきたぜ。
それで、こうやって能力まで目覚めちまったわけで・・・。
俺の力、ちゃんとそこで、見ててくれよ。
1回戦第2試合 デスノ vs ノンブル
「1回戦第2試合を始めます!まずは、デスノォォオォォ!」
割れんばかりの歓声とともに、一人の女が壇上に躍り出る。
「よっしゃー。ここでいいのか?」
まるで緊張も感じられない、ふわふわとした笑顔。
彼女は椅子や机のあたりを所在なく彷徨うと、ここかな、という場所にちょこんと立った。
「そして、対戦者は・・・ノンブルゥゥゥゥ!」
「いこうか」
ノンブルは壇上にあがると、ポスン、と椅子に腰掛けた。
スポットライトの明るさで、観客の姿はよく見えないが、ものすごい数の人数が集まっていることはわかる。
さあ、やろう。にぐには悪いけど、こんな大会は・・・。
ぶち壊してやるさ。
「ボーダー」
「大豆」
「ズーボー」
「ボイチャ」
「野菜」
(静かな戦いだ・・・)
(牽制しあっている・・・)
張り詰めたような緊張感が漂う会場に、デスノとノンブルの声だけが響いていた。
観客の一人がつぶやいたその一言に、また一人の観客が小さく笑った。
その瞬間だった。
会場全体に、異様な空気が迸る。
観客全員に湧き上がる異常な高揚感。
根拠のない謎の期待が心の奥底に湧き上がってくる。
「発動!ノンブルの『ジュピタージャズ』!」
発動能力:ジュピタージャズ
誰かがwと発言すると発動。
以後対戦相手が発言するたび、観客は「w」と白チャで発言しなくてはならない。
「この場は俺の場だ!」
「以後、デスノが発言するたびに、観客の皆さんは『w』と発言してください」
「なんなのその能力www」
不穏な空気に充ち溢れる会場。
デスノは、ぽかんとした様子で、おずおずと続けた。
「イス」
デスノの言葉が発せられるやいなや、会場全体に白チャが溢れる。
爆笑の、笑い声が。
(な、ログが、ログが追えないー!?)
溢れる白いチャットの洪水に、一瞬で流れていく会話ログ。
轟音にかき消されるように、ノンブルの声も流れ消えそうになる。
「スイミング」
「デスノ、スイミングです!」
デスノに言葉が届いたのかもわからず、轟音の中で必死に伝える司会者。
もしかしたらデスノももう答えているかもしれないが、それすらよくわからない。
(くっ!かおりしゃん、ぷにゃりん!)
(あってるよ!スイミング!)
(大丈夫!デスノの番!)
審判団一同となって試合を成り立たせようと目を凝らす。
悲鳴のようなwwwwが溢れる。世界の負荷に耐えられず突然消える観客。
カオスが広がっていた。
(ノンブル…負けませんよ!あなたの能力には!)
(ふふん…どこまで持つかな)
「グリコ」
顔表示が間に合わない
(前回最後に帰国したはずのアリー選手も参加)
(ログは基本読めない)
その後は死闘だった。
デスノが返すたびに、会場中に溢れるwwwの嵐。
しかし、しりとり自体に制約が課されるわけでないため、しりとり自体は淡々と続いていく。
デスノは大笑いされながらも、しかし地力のメンタルの強さか動ずることなく、たんたんと自分の能力を発動を狙っていた。
「雨季」
うきwwwww
「牧」
まきwwwww
キリストを言わせるために「き」攻めで頑張るデスノ。
しかしノンブルは一向に神の名を呼ばない。
全員がログを必死で拾う中、審判も会場も終わらない気配を感じ始めていた。
(ふふふ・・・さあ、どうする司会者よ!)
(くっ・・・・このままでは大会自体が崩壊しかねない・・・しかもここにノンブルの第2能力プラネットオブジエイプスが発動しようものなら、会場全体が「ウホウホwwwww」「ウホウホwwwwww」になってしまってもう完全に大パニックだ)
(やむをえない、奥の手を、出させてもらう!)
その瞬間、司会者の目が赤く輝いた。
「司会者の能力ですって!?そんなの前大会にはなかったはずよ!」
「能力、ザ・4文字!」
「以後、しりとりは4文字以上の言葉に限定されます!」
発動能力:ザ・4文字
司会者が「これ終わらんちゃう」と思い始めたら発動。
4文字以上の言葉に制限される。
以後、雰囲気でザ・5文字、ザ・6文字・・・とさらに発動していく。
(そうきたか)
(さあノンブル、そしてデスノ。能力だけじゃない、しりとりの地力を見せてもらいますよ)
「・・・」
「ロックステディー」
ロックステディーwwww
なにそれwwwww
「セーフ!」
(注:ロックステディー スカ、レゲエの音楽ジャンルの一種)
「イギリス」
「スペシャル」
スペシャルwwwww
特別なwwwwwww
「ルーマニア」
・・・・
(まだ、このくらいは序の口のようですね、良いでしょう)
司会の目がさらに赤く輝いた。
「あねったい」
あねったいwwwww
あねったいwwwwww
(デスノの能力発動を期待する審判団)
「慰安旅行」
返したwwwすごいwww
やるーw
「うこっけい」
うこwwwwけいwwww
うこっけいwww
もう会場はノンブルの言葉ですらwwwがつく有様である。
しかし、会場のヒートアップとは裏腹に、能力「ザ・5文字」は確実に二人の自由を奪っていった。
通常でもなかなか難しい5文字しばりしりとりを続ける二人。
そして、いよいよ時、訪れる。
さあ、最終局面ですよ、お二人とも!
その時、ノンブルの額に一筋の汗が流れ落ちる。
6文字以上の、「い」だった。
(6文字以上の、「い」・・・「い」・・・・・)
その時、ノンブルの頭の中に一つの言葉が浮かんでいた。
しかし、これはアウトかもしれない。
どうする、俺。しかし他の言葉は浮かばない。どうする、どうするー。
その時、ノンブルは会場の最前列に、一人の女の姿を見つけた。
ホユだった。
彼女は、両手を握りしめて、ノンブルを見つめている。
その目は、二人で漫才をしていたころと同じく、優しくて、強い目をしていた。
(ホユ・・・そうだよな、あの決勝戦を繰り返しちゃいけない。もう、俺は迷わない!)
ノンブルは、覚悟を決めると、言葉を言い放った。
会場に響き渡るその言葉。
瞬間、会場に満ちていた、異様な空気が収束していく。
ホユは、審判に向かって叫んだ。
だが、しかし。
「形容詞は、アウトです!」
「ノンブル、OVER!!勝者、デスノ!!」
今度は能力ではない、割れるばかりの歓声に包まれるデスノ。
「二人とも、すごかった!能力はしりとり関係なかったけどね!」
そして歓声の中、椅子から崩れ落ちるように、ノンブルは脱力した。
あー、また、ダメだったか。
こんだけ爆笑させたのにな。
そう思いながら、眩しい天井の光を見つめていると、その視界ににょっと影が入り込んできた。
「よっ元気?」
「このタイミングかよ・・・」
ホユは、ノンブルの手を引っ張って体を起こす。
「どうだった?俺の戦い」
「うーんそうだなー」
「やっぱり、ノンブルは面白いよ。笑わせられたよ、前みたいにさ」
「はっは!そうだろー!」
ノンブルは嬉しくなった。
今は敵同士になってるけど、こいつは変わらないし、俺も変わらずにやってこれたみたいだ。
「まあ、立場がら応援はできないけどよ。お前の戦いも、楽しみにしてるからな」
「うん。そうだね」
ホユはそう言ってにやりと笑った。
「本当はあんたに私の能力、ぶつけたかったけどね。また二人で演れるとおもってたのに」
「一回戦で負けちまうとはなー!」
ホユはそういうと、バンバンとノンブルを叩いた。
そうして二人は、しばし昔に戻ったみたいに、大笑いしたのであった。
どんどん一つずつが長くなってきてる気がする・・・
これは動画で見せたい戦いでした!
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