明るい朝の日差しが差し込むカフェの一角で、1組の男女が席に着いた。
店には控えめな音量で、少し古いポップソングのジャズアレンジが流れている。
男は、熱いコーヒーを手に取ると、ゆっくりと口に含んだ。
「ウーン・・・相変わらずここのブルーマウンテンの味わいはブラックでビターでエクセレント。で、アリー、ドウシタンダイ急に話って」
「マイケル、私、帰国するわ」
「ボフー!キ、キコク?へいへいへいワッツアップアリー!国に帰るっていうのかい!?」
アリーは、コーヒーまみれになった顔をお手拭きで拭きながら、静かに続けた。
「ええ、どうしてもやらなきゃいけないことがあるの」
「そんなサドンリーな!明日にはいよいよ俺たちのアップル社買収プロジェクトも始まるっていうのに!」
「プロジェクトはマイケル、あなたに任せる。できるはずよ、あなたなら」
「Oh...アリー。シリアスなんだね。オーケー、わかったよアリー」
「・・・止めないのね」
「ユア、アイ」
男はウィンクすると、アリーの顔を指差した。
「その目、マイクロソフトの株を買い占めた時と同じ目さ、アリー」
「マイケル」
「理由は聞かないよ、アリー。ただ約束して。必ず、カムバックアゲイン、いいね?」
「ありがとう、マイケル。こっちのことは、頼んだわよ」
アリーはそう言うと、立ち上がり、店を出た。
男は、まだ湯気の立つアリーのコーヒーを見つめながら、つぶやいた。
「アリー、ユーキャン・・・ウィン」
「ここが会場ね」
ウェナ諸島。森の奥深く。
自家用ジェットから飛び降りたアリーは、洋館を見上げた。
鬱蒼とした森に同化するように静かに鎮座するその屋敷は、不気味な静寂をまとっていた。
「少し早く来すぎたかしら」
屋敷に足を踏み入れるアリー。
その瞬間、突然背後に、人の気配を感じた。
「誰!?」
「・・・・」
「ヲンッ」
そこには、一匹のキラーパンサーと、それを引き連れるように立つプクリポがいた。
プクリポはボロボロの皮のような服を身にまとい、その体は土に汚れて見えた。
「・・・あなたも、出場者?」
「そう」
ふーん・・・。
アリーは、まじまじとプクリポを見つめた。濁った分厚いメガネに隠されて表情は読み取れないが、敵意は感じられない。
このプクリポも、能力者か・・・。
アリーはこれまで、自分以外の能力者に会ったことが無かったので、他の能力者には少なからぬ興味と、恐怖があった。
しかし、このプクリポを見る限り、それほど危険な存在には感じられない。
「それなら、今日戦うことになるかもしれないのよね。よろしく、私はアリー」
手を差し出すアリー。
しかし、プクリポは身動きをすることなく、アリーをただ見つめている。
「・・・まあ、いいわ。じゃあ、私は先に行きますね」
アリーは振り返ると、屋敷の玄関に向かう。
その時、背後からプクリポの声が聞こえた。
「2回目」
「ん?」
「背中を見せるの、2回目」
アリーは、背筋に冷たい汗が流れた気がした。振り返る。
「サバンナなら、死んでるさ」
「!」
その瞬間、アリーは両手に力を込める。
無意識に、臨戦態勢に入るため能力を発動させようとしていた。
しかし、プクリポはそれ以上は何も言わず、やはりアリーをじっと見つめている。
アリーは冷たく湿った両手を握りしめながら、思った。
そうか、ここはもう、バトル・フィールド。
狩るものと、狩られるものの場所なんだ・・・。
1回戦第1試合 アリー vs ジズー
「はいでは、第一戦!アリィイイイイイイィ!」
「チョコモナカジャアアアンボ!!!!」
いよいよ始まる。
アリーは、大きな声を上げながら、ステージに飛び出した。
鳴り響く歓声の声。
こんなにもたくさんの観客がいることに、アリーは一瞬たじろいだが、すぐに気合いを入れ直した。
こんなの、あの時の株式総会に比べれば何十分の1のスケールよ。
「一言どうぞ」
「イエス!!ウィィキャアアン!!!!」
会場中に鳴り響くアリーの声に呼応するように、歓声はより大きくなる。
「そして対戦者は・・・ジズーーーー!!!」
「ミルクで栄養つけたらママの病気も治るさ」
「じずーちゃんの笑顔と美味しいミルク・・・ママ・・・待ってるわ・・・ケホケホ」
「(ママ来てるんですね)」
「それでは能力者しりとりバトル1回戦1戦目・・・いざ、開始です!!」
「りんご」
「ごま」
「マングース!」
その瞬間、アリーの周りの景色が、突然に輝き始めた。
そして光の収束とともに、ただの壁であったはずのそこに、大きなビルのシルエットと、巨大な女神の像が現れていく。
それはニューヨークの夕暮れ。
会場は完全にマンハッタンの一角と化していた。
「発動!アリーの、『アメリカンガジェット零式』!」
能力:アメリカンガジェット零式
カタカナ単語を使った際に発動。
以後2ターンの間、両者はカタカナ単語か、アメリカンっぽいことしか言えない。
「以降2ターンの間、両者はカタカナ単語もしくはアメリカンぽい事しか言えません!」
第2回能力者しりとりバトル、初の能力の発動に会場は湧き上がった。
「私はさくら・まう!第1回能力者しりとりバトルの生き残りよ!ついに来たわね、能力が!これで、ジズーさんはスで始まるカタカナ単語しか答えられないってわけね!」
ニューヨークの乾いた風を感じながら、アリーはにやりと笑った。
ジズーさん、見たところあなたは田舎のご出身のようね・・・?
果たして、私のこのニューヨークの風、あなたの体に馴染むかしら!
「スーサイド」
」ドラム」
「零式は解除されました」
「えっ」
その瞬間、ニューヨークの夕暮れは消し飛び、そこには古い屋敷の壁が戻った。
「早いwww2ターンってそういうこと!?」
「(あれっ、2ターンってそうか、往復2ターンってこと?まあいいや次からそうしようガッハッハ) ムです>ジズー」
「ムカデ」
「発動!アメリカンガジェット零式!」
「まじかwww」
再び、屋敷はニューヨークの一角と化す。
「デンマーク」
「クール」
「ルール」
その瞬間だった。
ニューヨークに佇むビルの地平の向こう側に、突如として広大な大地が開けた。
広がる草原の彼方に、獣の遠吠えが聞こえてくる。
その風には野生の匂いが混じっていた。
そこはセネガル。
その瞬間、会場はサバンナの一角と化していた。
「発動!ジズーの、『テランガのライオン』!」
能力:テランガのライオン
相手のワードに「セ」「ネ」「ガ」「ル」のいずれかが含まれていたら発動能力:以後相手は3ターン、赤・黄・緑を連想するワードしか使えない
「アフリカの大地に眠れ」
「以降3ターンの間、アリーは赤、黄、緑を連想するワードしか答えられません」
「いいわよじずーちゃん」
「ママ・・・見てて」
「ルビィ」
会場はアリーとジズーのちょうど中間あたりで、セネガルとニューヨークがぶつかりあっていた。
アスファルトを割るように草が湧き出てくると、コンクリートのビルがそれを塞ぐ。
文明と野生が生き残りをかけて戦っていた。
これが、能力者の戦い・・・。
アリーは湧き出る高揚感に、まるで熱に浮かされたように感じていた。
戦いの中心は間違いなく自分なのだけれど、それでもその戦いを観客として見守っているような、そんな遊離感。
そして、口から、言葉がすべり出た。
「イタリア」
「・・・!」
うごめくサバンナの大地が、コンクリートジャングルを覆い始める。
ビルの内側からは大樹が盛り上がり、その壁を破壊した。
地平に広がる大きな太陽が、より大きく、揺らめいて見えた。
「イタリアは・・・色を直接連想するワードではない!」
「アリーOVER!!!勝者、ジズー!!」
「ぐああああ!!!」
「ヒャッハー!!アフリカの大地に眠れ」
1回戦、勝者の決定とともに、会場は爆発的な歓声に包まれた。
古い洋館のステージの上、アリーは膝から崩れ落ちる。
暗転する視界の中、会場に司会の男の声が響き渡っていた。
「1戦目から激しい戦いでした!みなさんついていってるでしょうか」
「私はギリギリついていっていません・・・!」
「優勝はまかせた・・・」
アリーは、ジズーにそう言って手を差し出した。
ジズーは、コクリとうなづくと、今度は手を握り返してくれた。
その手は、皮が厚く、カサカサとしていたけれど、とても暖かかった。
よろよろと控え室に戻ると、バッグからスマートフォンを取り出す。
電源を入れて、画面をタップする。
「もしもし、ハイ、マイケル・・・どう、アップル社、買えた?」
「・・・そう、さすがね、マイケル」
「うん、私はね・・・ごめんね、マイケル・・・あなたのコーヒーに、一番合うミルクを手に入れたいって、そう思ってたけど・・・」
スマートフォンの画面の中で、マイケルが笑っていた。
そのマイケルに、ポトリ、ポトリと涙の雫が落ちた。
「・・・うん。そうだよね、ブラックも美味しいよね。ありがとうマイケル。明日の朝には、帰るからね」
アリーはそう言って、通話を終えた。
この戦いは終わってしまったけれど、私の新しい戦いはまだまだ続くんだ。
戻ろう、私の戦場に。
アリーはスマートフォンを握りしめて、そう誓ったのだった。
また!しりとりを!結局www
のんびり書いていきます。
次の試合