(一つ前の試合)
あれは数ヶ月前のことだった。
フィーネはその日、漢方研究のために山を駆け回っていた。
「わあ!この豆は煎じて使えば薬になりそうね・・・・あっこっちのキノコも使えそう!あっ」
夢中になっていたフィーネは、草根の隙間に開いていた、大きな穴に落ちてしまった。
全身を強く打ちながら、転げ落ちたそこは、まるで井戸の奥のように掘り進められた穴の中だった。
事実、古い井戸の跡なのかもしれない。
「い、痛たた・・・、しまったなぁ、ドジしちゃった」
穴の底から見上げると、小さく開けた明るい青空が見えた。
ほとんどまっすぐに開かれたその穴壁は、渇いた硬い土に覆われて、登ることは不可能に見えた。
「どうしよう・・・こんな山の中、通りかかる人いるかなあ・・・」
とりあえず助けを求めるため、大きな声を上げようと大きく息を吸い込んだそのとき。
フィーネは背後に気配を感じ、振り返った。
「・・・」
「なあ、アンタ」
「出たァアアアアアアアア」
「あいた、痛い、痛い、おいおい、落ち着けって」
絶叫しながら張り手を連打するフィーネにぼこぼこにされながら、モンスターは言った。
「落ち着け落ち着け、俺は悪いモンスターじゃねえよ」
「あっ、わっ、話せるの?ブルブルブル」
「おう、話せる」
そのモンスターはふわふわと体を揺らしながら、フィーネの前に漂っていた。
とりあえず攻撃をしかけてくる様子でもなく、どこか人懐っこそうに手(?)をすりすりと合わせていた。
「いやあ、人に会ったのは久しぶりだから、ちょっと嬉しくなっちまうなあ。あ、俺もな、もともとは人間だったんだよ」
「あなた、人間だったの??」
「俺も昔この穴に落ちちゃってな・・・なんとかよじ登ろうとしたんだけど、全然無理で」
「えっ・・・じゃあ、もしかして」
「そう・・・そのまま力尽きて・・・ほら、そこに骨あるだろ。あれ、俺」
フィーネは見たくないものを見るように、首をギギギギ・・・と横に向けると、確かにそこには真っ白なガイコツが横たわっていた。
「イヤアー!そんなあ、じゃあ、私も、骨になっちゃうってこと?」
「こんなとこ、誰も通らないしなあ。まあでもよ、この体になって思ったけれど、悪くないぜ。腹も減らないし、ふわふわしてるだけで生きていけるしさ」
「私はそんなの嫌!私はやりたいことがまだまだいっぱいあるんだから!そうだ、あなたは、外に出て助けを呼んでこれないの?」
「いやまあ、それも一つだけどよ・・・この姿で行って信じてくれるかなあ」
「・・・確かにそうね」
フィーネは、腕を組み思案した。
幸い、旅の途中だったフィーネの鞄には少しの食べ物は入っている。それに、採取したばかりの生薬もたくさん詰まっている。
「うん大丈夫、これだけあれば数日は持つわ。その間に、絶対脱出するんだから」
「ふーん。アンタは「ケツイ」ってもんを持っているんだな・・・。まあ、がんばれよ」
それから、フィーネは頑張った。
最初は割り箸を使って土を堀り、登れるような穴を作ろうとしたが、硬い砂に阻まれてすぐに割り箸は折れてしまった。大声を出しても狭い穴の中に響くばかりで、外からの反応はない。服をより合わせてロープを作ろうとしたが、それもうまくいかなかった。
「・・・なあ、もう諦めろよ。手、ぼろぼろじゃないか」
「まだ・・・何か手があるはずよ。そうだ、この生薬を組み合わせれば、爆薬になるかもしれない・・・ブツブツ・・・」
「・・・おまえみたいな人を、「ケツイがかたい」っていうんだろうな」
モンスターは、そう呟くと、ふわふわと自分の骨のあたりに飛んで行った。
「人間、頑張ったってさ。限界ってのはあるさ。だから、運命にあたえられたもんをうけいれるってのも、俺は大事なことだと思うぜ」
そう言って、自分の骨をごそごそとまさぐる。
そうして、何かを引っ張り出すと、ふわふわとフィーネの元に戻ってきた。
「なあ、もしお前がここから出られたら」
「ん?」
「この鈴、持っていくといいよ」
モンスターは、おずおずと、小さな鈴をフィーネに差し出した。
それは砂に汚れた、金色の鈴だった。
揺れると、チリンと透明な音が響いた。
「これは?」
「こいつは、俺の父ちゃんがくれた鈴なんだ。この辺りにグリズリーがよく出るからな。熊よけになるからって、山に入るときはいつも付けておくように言われてたんだ」
「もし、おまえが無事に外に出られても、熊にやられちゃいけないだろ。だから、やるよ」
「・・・うん、わかった。ありがとう」
フィーネはその鈴を受け取ると、服で汚れを磨いた。
モンスターから受け取った、おもいでのつまった鈴。
不思議な贈り物をもらったな、と少し微笑んだ、その時だった。
突然、鈴が光り輝く。
まばゆい光の奔流に、思わず鈴を離すと、鈴は光を溢れ出しながら空中に漂い、静かに青い光へと収束していった。
「こ、これ!リレミトポータル!」
「えっ何だそりゃ!」
フィーネは聞いたことがあった。
長年の人が大事に使い、思い出が詰まった鈴には少しずつ魔力が詰め込まれ、いつしか移動魔法の力を帯びることがあると。
「あなたがずっとこの鈴を大事にしてたから、その魔力が貯まったってことじゃない!?」
「ええーっ!そうなのか?確かに毎日暇だから、この鈴鳴らして昔を思い出したりしてたけどよ・・・」
「でも、これで帰れそう・・・ありがとう!モンスターさん!」
フィーネはモンスターの手(?)をぶんぶんと振ると、ポータルに体を突っ込もうとして、振り返った。
「そうだ、モンスターさん、私ね、漢方っていう医術を学んでいるの」
「うん?」
「今は無理だけどね。私の研究が進んで、いつか蘇生魔法と漢方を組み合わせることができたら・・・その骨からでも、ザオラルができるかもしれないよ」
「えっ!おい、まじか!俺、また人間に戻れるの?」
「でも、さっき言ってからな〜。『与えられたもんを受け入れるのも悪くない』だっけ?じゃあ、モンスターさんには必要ないか〜」
「やややや!おいおいおい意地悪はよせよー!」
「ふふ。じゃあ、またいつか、研究が進んだら戻ってくるね。それまで、骨、大事にしててね」
「わかった!!」
さまよう魂は、そういうとぐるぐると回転しながら回った。
とても嬉しそうに見えた。
ポータルを潜り、無事穴から脱出したフィーネは、ぐぐっと背伸びをした。
「はー助かったー!」
大きく深呼吸をして、山を降りていく。
はからずも恩人となったさまよう魂のことを考えながら、フィーネは思った。
彼のためにも、研究を早く進めないと。
そのために、やっぱり、あの黒封筒の大会に出てみよう。
アストルティアの表の社会で得られる知識は、たいてい調べ尽くした。
あとは、闇の世界。もしかしたら、そこに研究を進める手がかりがあるかもしれないから。
1回戦第2試合 ハル vs フィーネ
「それでは第3回戦を始めます!」
「女子対決!まずは、ハルゥゥゥゥ!」
名前を呼ばれて、一人のエルフが壇上に立った。
あの人が、ハルさん。
フィーネは事前に配られていたトーナメント表を見直して、思った。
そしてあの人が、私の相手ね。
「対戦者は、フィーネェエエエ」
フィーネは椅子からすっくと立ち上がる。
カバンにパンパンに詰まった漢方の感触を確かめながら、ステージに向かった。
(実際の会場では、プロローグのエピソードとは関係ないところで火花が散っていた様子を報告しておきます)
「先行は、ハル!どうぞ!」
「婚姻届け」
「警察」
「妻」
「マダム」
その瞬間、会場にわずかな花の香りが漂った。
そしてどこからともなく、ピンク色の何かがふわりふわりと会場中に落ちてくる。
「これは・・・桜の花びら?」
「・・・能力」
「発動!ハルの、『大和撫子』!」
発動能力:大和撫子
カタカナ語を使ったら発動。カタカナ語を使った人は、以後、外来語、和製英語を含むカタカナ語を使えない。
「以後、フィーネは外来語、和製英語を含むカタカナ語を使えません!」
「これは強い!」
「対象は相手のみ・・・えぐい能力だぜ」
(本当は能力を温存して勝ちたかったけれど・・・)
(うちの力、見せたる!かくごしておくれやす!)
フィーネは体に張り付いた桜の花をパタパタと叩いた。
そうか、ハルさんは和の力、か。
私の漢方医学も、元をたどればカミハルムイ原産の医学。
あなたの和の力と、私の和の力、どっちが上か勝負よ!
「無理難題」
「烏賊」
「回答」
「鶉」
「こ、これは・・・」
「もしかして、フィーネさん・・・!」
「間違いない、これは『読み方が難しい漢字で悩ませる作戦』だ!」
フィーネはニヤリと笑った。
私は、漢方だけでなく、漢字にも詳しいの。
「さあ読んで!」
「らっきょ」
「普通に読めてるな」
注:うずら です
「予習」
「浮き輪」
「輪投げ!」
「迎合」 注:げいごう
「烏合」 注:うごう
「・・・」
さっきの試合の人
賢そうな戦いに、ざわめく会場。
しかし、その賢そうなワードの応酬の中で、人知れず、フィーネは積み立てていた。
フィーネのカバンの中に詰め込まれた漢方が、輝きを放ち始める。
司会補佐のぷにゃりんはそれを見逃してはいなかった。
司会にのみ聞こえるような声で、呟く。
(あと一個・・・あと一個「う」で終わる言葉が来れば、漢方粉塵爆発が発動するわ。そうすれば、あなたの能力なんて関係ない。もっと強い制約がこの場を支配するのよ!)
それに気づく様子もなく、ハルは凛とした声で叫ぶ。
「ハルさん、かっこいい・・・!」
「フィーネ、負けるな!」
「裏」
その瞬間、少しの静寂が訪れた。
「ら」で始まる、カタカナでない言葉。
(あれ、これ、意外と浮かばないな)
固まるフィーネ。
その時のことを、フィーネは後日、こう語っている。
もう頭の中に何でか分かりませんがラーメンが大量に茹でられ始めてしまいまして、空也上人もビックリですよ
「・・・」
「カウントダウンを始めます」
「5・・・4・・・」
(ラーメンラーメンラーメン・・・ううううラーメンラーメンえーっとラーメン)
「3・・・2・・・1・・・」
「フィーネー!!」
(らららら・・・・ああ・・・・)
「0!!!」
その瞬間、会場に舞っていた桜は弾け飛んだ。
がっくりと、フィーネがうなだれる。
「フィーネOVER!!ハル、WIN!!」
「世界は独身で回っている!!!」
指をどーんと天に刺し、ハルは笑った。
(ハルさん・・・まだ結婚してないんだ、良かった・・・)
「ん?何か今言った?」
「えっいやいや何にも!」
フィーネは、拍手に包まれながら、ステージから降りた。
控え室に戻ると、そこにはさまようたましいがいた。
「・・・頑張ったな」
「ごめんね、負けちゃった」
「いや、いいんだよ。お前、頑張ってた。かっこ良かったぜ」
「うん・・・ラーメンしか出てこなくて・・・、あ・・・ラーメン?」
「ん?」
「そうよ、ラーメンよ!ラーメンを漢方に入れたら、私の漢方は完成するかもしれない・・・!」
「ラーメン?」
「ラーメンの源流は漢方と同じ文化よ!そして医食同源・・・!漢方とラーメンが組み合わされば最高の効果が生まれるはず!さっそくスープを作りましょ!あっあなたの骨をダシに使ったら余計にうまくいくかも!戻りましょう!あの山に!」
「今から?!本当に?それで大丈夫なの?ってダシ??」
ー3回戦が終了した。
未だ、闇の饗宴、長い夜は深まっていくところであった。
(この時すでに予定時間30分推しだった)
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出演者記事紹介
今回出場の二人はブログに記事にしてくれています!
(なお、ハルさんは2回戦以降のネタバレ?も含みます)
ハル:
フィーネ:
(次の試合)