一つ前⬇︎
「では次の戦い、能力者をお呼びします」
鳴りやまぬ喧騒の中。大人なのか子供なのかわからないような、不思議な声質の仮面の男のアナウンスが続く。緊張する。もしかして、この順番ってこの館に入った順番なのかも。だとしたら、次・・・私かな?
「サクラァアアマウ!!!」
やっぱりっ・・・!
さくら・まうはぴょんと立ち上がると、暗い眼差しを投げかけ合うその他の能力者たちに、ぺこりとお辞儀をした。お先に失礼します、と言うかのように。ほとんどの能力者たちは目を合わせようともしなかったが、一人の優しそうなウェディの方だけはにっこりと頷いてくれた。みんな何だか元気がない方たちばかりだけど、優しそうな人もいるんだ、と安心した。
勢いよく、ステージに飛び出す。大勢の観客が目に飛び込んでくる。さくら・まうはこんな沢山の人の前に出るのは初めてだったけれど、少しも緊張はしなかった。むしろ、楽しい気持ちに溢れていた。
「さくら・まうです。よろしくねっ!」
飛び交う歓声。先ほどまでの不穏な雰囲気はどこにいったか、まるでどこかの学校の学芸会のように、会場は優しい空気につつまれていった。なんで私なんかが選ばれたのかわからないけれど、せっかくご招待いただいた大会だもん、楽しまなきゃね。さくらは一人うん、とうなづくと、対戦席に座った。さあ、対戦相手はどんな人だろう。
すぐさま、対戦相手の名前が呼ばれる。
「そして相手はぁ、ポップスーーーーー!」
歓声の中、ステージに現れたのは、先ほどの優しそうなウェディだった。あっ、よかった。この人となら楽しく戦えるかもしれない。そうさくらが思った時だった。
ステージ上の男はにやりと口元を歪めると、懐から紫色の仮面を取り出した。そして顔に当てがう。小刻みに全身を震わせると、静かに、そして朗々と語りだした。
「やぁやぁ全国のみなさま。やっちゃうよ」
さくらはドキリとした。その声は不思議な狂気に満ちていた。先ほどまでの彼の優しい雰囲気は仮面とともに消えてしまったかのようだ。 そして、その声にさくらは聞き覚えがあった。まさか・・・先生・・・?
「やっちゃうよ。まけないよ。かわいさにまけないよ」
そうしてその男はぐるりと首だけを動かして、さくらを見つめる。姿形は違うけれど、ポップ先生・・・ポップ先生だ!小学校の頃、先生をしてくれていたポップ先生。人間からウェディに転生したという噂は聞いていたけれど・・・この声、間違いない。
さくらは思い出す。優しかったポップ先生。でも、4年生のころ、先生のクラスの生徒が急にみんな学校に行きたくないって言い出して・・・。私はその時違うクラスだったから、よくわからなかったけれど、そのクラスのみんなが何かに怯えるような目で登校していた時のことはよく覚えてる。そのあとすぐに先生は転勤していってしまったけど・・・。
ポップ先生、いや、ポッポスは今度は首をゆらゆらと動かしている。しかし首から下は何かに固定されたかのように動かないのが、ロボットのようで何だか怖かった。
・・・ううん、でも、先生は先生だ。さっき私ににっこりと笑ってくれたのは間違いないんだから。
さくらはよし、と立ち上がった。さあ、先生!いざ勝負だよ!
「さあ、この二人の戦いはどんな能力がでるのか・・・ 試合開始です! 先攻はポップスさんどうぞ!」
1回戦第2試合
さくら・まう vs ポップス
「・・・」
私の発動条件は単純。
静寂、である。
若かりし頃、叫んで、声を枯らして、それでも生徒達に届かなかった私の声。その経験から私は学んだ。雄弁は銀、そして沈黙は金と。静寂は時として騒音以上に心をざわつかせる。先行を得た私にとって、条件の発動は容易だ。
「・・・」
(あれ?あのポップスっていう方、先行なのにいきなり黙っちゃったよ?)
(・・・先生?)
先行の一言を待つ観客、そしてさくら・まう。しかし、ポップスは一言も発さず、ただ虚空を見つめている。ついに静まりかえる、密室。その瞬間だった。
「ここでポップス氏の能力『静かなる鼓動』が発動!」
【発動能力:静かなる鼓動】
なんか場が静かになったら発動。以後ポップスの発言力が3倍になる。
ざわめく会場を横目に、仮面の下のポップスは体にオーラが充ち溢れるのを感じていた。この能力者勝負、相手がどんな能力かわからない以上、基本は先手必勝。先に能力を発動させることが勝利の肝となる。
「静かなる鼓動・・・?!そうつぁいったいどんな能力なんだ!そして何で発動したんだ?!」
「ふふふ・・・説明をお願い、イコプ」
イコプと呼ばれた司会者はそれに答える。
「以降、ポップス氏の発言力が3倍になります」
「さぁ覚悟なされよ」
「え、3倍って?」
「3倍は特にしりとりには関与しません」
「関与しないんかいwwwwww」
ポップスは目が点になっているさくら・まうの言葉を無視すると、ついに先行の言葉を発した。
「ドラクエ」
「えび」
「ビールうまい」
その瞬間、司会者は両手をクロスし、バツの仕草をとると叫んだ。
「単語じゃないと駄目です!」
「ポップスOVER!!さくら・まう勝利です!」
「やっちまったあああ」
湧き上がる歓声。さくら・まうは崩れ落ちるポップスを見つめ、まだ若干目が点になっていた。先生・・・何がしたかったの・・・?いやいや、というように仮面を取ったポップ先生。その仮面の下の表情は以前の優しい先生のものだった。
ポップスは思っていた。
あの時、教師の職を失い、人生に絶望しウェディに転生して、新たな生き方をはじめた。そんな俺が何の因果か、元教え子と戦うことになるなんて。もう俺は教師ではないけれど、せめてこの子の未来を守ってやることが、俺の今のできることなんじゃないか。親父、親父だったらきっと、同じことをしているだろう?
「みなさん、勝負には負けましたが、ポッポス選手の発言力は3倍なので、心して拍手してあげてください」
そうだ、能力は発動している。俺の3倍になった一言を、観客が、そして不思議そうに俺を見つめるさくらが待っている。
口を開きかけたポップスは、しかし、言葉を紡がなかった。
雄弁は銀、沈黙は金。
そして何より、強い言葉は人を傷つけることがある。
本当に伝えたいことは、言葉では伝わらない、それを俺はあの時に学んだんだ。
ポップスはさくら・まうにまっすぐと向き合うと、にっこりと微笑んだ。
そしてうなづく。
不思議そうな表情でポップスを見つめるさくら・まう。
まあ、そりゃそうだよな、伝わるわけないか。まあ、それでもいい。帰ろう・・・。
そうして振り向いたポップスの背中に、さくら・まうの大きな声が響いた。
「ありがとう! 感謝です!」
「・・・」
伝わった。
ポップスは目の端に浮かんだ涙を気づかれないようにこっそりと拭うと、静かに洋館を出た。
暗闇に浮かぶ小さな船の中で、冷たい夜露を頬に浴びながら、ポップスは空を仰ぎ見る。
親父。
俺、もう一度だけ・・・夢を追ってみようかな?
観客席の一角。
暗い場内の中でもひときわ光量の乏しいそこに、一匹のプクリポが座っていた。
小さなワインを片手に、まるで彫琢されつくした美術品を眺めるかのように、戦いの成り行きを見守る。これまで一言も発していなかった彼だったが、ステージ裏に戻っていくさくら・まうを見つめながら、ぼそりとつぶやいた。
「彼女、強いな」
「うわあ!びっくりした、ノンブル!いきなりどうしたの?」
「彼女が、強いと言ったんだ。きっと彼女は上までいくよ」
「そ、そうなの?僕にはポップスさんがただ自滅したように見えたけれど・・・」
「さっき自分で言ってたじゃないか。この勝負、運も大事だって。いいか、相手の自滅だろうが何だろうが、彼女はこの戦いで能力を披露していないで勝利しているんだ」
「あっ・・・」
「次の戦い、相手の能力を看破できているなら、相当有利な土台で戦える。ただな、それだけじゃない。彼女の強さはー、まっすぐなことだよ」
「まっすぐ・・・?」
「そうさ・・・こんな相手の裏を探り合うような戦いではな。相手の心を読んでいるつもりで、本当に見ているのは鏡の自分。つまり、相手の気持ちを推し量っているようで、本当は自分だったらどう考えるかなんて、自分の内面に手を突っ込んで、かき回してるようなもんなんだ」
「人間、案外自分のことが一番わからないもんさ・・・そしてわからないからこそ、恐怖を感じる。このバトル、突き詰めれば自分という恐怖との戦いなのさ・・・」
「彼女は、恐怖を感じないってこと?」
「さあ。ただ、自分を裏切ったことがない目をしているだろう、彼女は。ああいう子は・・・強いんだよ。なあ、にぐ、そうだろう?」
ノンブルはそう言ってグラスを隣の赤いオーガに向ける。その大きな赤いオーガの女は、ふっと笑うとかぶりを振った。女の目は、暗闇に青白く光り輝いている。
「さあね・・・何れにしても、今回私たちは観戦。楽しませてもらおうじゃない、純粋に、観客としてね・・・」
続き⬇︎